刑事事件 犯罪被害者支援

犯罪被害者支援と死刑廃止は両立できないのか?

更新日:

犯罪被害者支援と死刑廃止は必ず対立するか

私は,死刑を廃止すべきだと思っている。
それとは別に,犯罪被害者支援はもっともっと充実されなければならないと思っている。

この二つは対立するものだと思われがちだけれど,でも,単純に対立するだけのものでもない。死刑を廃止するけど,被害者支援を充実させるということも,ごく一部の場面を除いては可能なはずだ。

そういう話をしてみたい。

犯罪被害者遺族がおかれた状況

犯罪被害者遺族の人たちは,あまりにも大変な状況に置かれている。

家族が殺されたことでこの上なく悲しい思いをし,
PTSDに蝕まれ,自殺念慮に襲われる人も少なくないという。
家計を支えていた人が亡くなったのであれば経済的に窮地に陥り,
家族の人生も大きな影響を受け,子どもが大学に行くことをあきらめなければならなかったりもする。
精神的なショックから家から出られなくなって社会生活が困難になり,そのことで仕事を失ったりもする。加害者に賠償を求めようにも,拘置所や刑務所の中にいるから,裁判で勝てても回収は困難だ。

様々な形で被害者遺族も偏見の目で見られ,周りの人たちとの人間関係が途切れたりする。
家族の中で諍いが起こり,離婚したりすることになることもある。
だれも自分のことをわかってくれないと思って傷つき,孤立する。

そうした中で裁判は容赦なく進み,気持ちの整理もできないままに司法手続にさらされる。
その支援は全く不十分で,その過程で二次被害を受けることも少なくない。
報道による被害も深刻だ。

大切な家族を殺され,残された家族の人生もぼろぼろにされた。
犯人のせいで自分たちはどん底に突き落とされているのに,
その犯人は税金で住むところと食事を用意され,のうのうと生きている。
許せるはずがない。絶対に死刑にしてほしい,と思う遺族の人たちがいるのは当然だ。
被害者遺族の人たちがこの状態におかれたままで,死刑廃止など実現させることはできない。

犯罪被害者遺族に社会からのサポートを

犯罪は,悲しいけれど,なくなることはない。
世の中のだれもが犯罪被害者になり,遺族になる可能性がある。
病気になったり,災害に遭ったりするのと同じだ。

それなのに,なぜ,犯罪被害者遺族の支援に国費をかけてもっと充実させないのだろう。
せめて,経済的な補填くらいできないのか。
交通事故で亡くなったときと同じ程度の賠償くらい受けられないのか。
そのための保険制度を作り,みんなで保険料を払えばいいのではないか。
もしくは,国が賠償金を建て替えて被害者に支払い,後で加害者から取り立てる制度を作ればいいのではないか。

医療を受けようにも,犯罪被害によるPTSDに対応できる専門性のある精神科医など,地方にはそうそういない。臨床心理士も同じくだ。
そうした人材をそろえるには人材養成のシステムが必要で,人も金もかかる。
専門家がいたとして,そこで治療や心理療法を受け続けるにも金がかかる。
これを填補するべきではないのか。

注目される事件では,遺族はメディアスクラムで報道被害を受ける。
これは,マスコミが他社を抜かねばならないという業界慣行がなくならない限り改善され得ない。
これについてマスコミが対応できないのか。

福祉的なサービスが必要な遺族もいる。引っ越さねばならなくなる遺族もいる。
こうしたことに親身になって対応できる行政システムがあるべきではないのか。
なぜたらい回しにされた上に遺族が消耗しなければならないのか。

こうしたことは,死刑とは関係なく,国がその気になりさえすれば実現できることだ。
金はかかるが,こうしたことのために税金を使うのなら,納税者の理解は得られるのではないだろうか。

被害者遺族は大変な状況におかれているが,
せめて,家族が殺されて悲しい,という以外の他の問題は解決できないだろうか。

家族が殺されて悲しい,
経済的に苦しい,
自分の体調が悪化して生きているのも苦しい,
世間の偏見にさらされて苦しい,
そんな状態で死刑を廃止するなど,被害者遺族も社会も許さないだろう。
せめて,家族が殺されて悲しい,という以外の問題を解決することはできないだろうか。

犯罪のダメージを,被害者に負わせたままにしておくのはなぜ?

日本の犯罪被害者支援は,ヨーロッパから20年遅れていると言われている。
ノルウェーでは,2011年に,77人が殺されるというテロがあったが,
その事件後3年くらいの時点で,すでに遺族に合計40億以上の補償がなされていた。
(日弁連の犯罪被害者支援委員会によって企画された,ノルウェーの被害者庁の人の講演で聴いたデータ)
人口500万人のノルウェーがそこまでできるのに,日本でできないはずはない。
日本でも,被害者を守るための被害者庁を作り,犯罪被害者支援をもっとやればいいじゃないか。

弟を殺されたが,その犯人の死刑執行に反対していた原田正治さんという方がいる。
この方の講演録の中から一部を引用したい。

被害者は平穏な生活の中から、加害者やその家族と一緒にがけの下に突き落とされる。
で、「助けてくれ」と、がけの上に向かって声をあげる。
ところが、「死刑は当たり前なんだ。なくちゃいけない」と言う人たちは、
誰一人として下にいる我々に手を差し伸べてくれない。
手を差し伸べようとする感覚さえない。
そして、加害者を死刑にして、これで終わったと思っている。
我々はがけの下に放り出されたまま。
僕はそういう感じがするんです。これ、どういうことかなあと、つくづく思うんです。
http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/harada.htm

日本の社会は,なぜ,犯罪被害を受けたことのダメージを,
被害者個人に負わせたままでよしとしているのだろう?
これを何とかすることは,いつでもできることだ。死刑があろうとなかろうと関係ない。

最高刑を死刑以外にできないか

逆に,加害者の側を見てみれば,死刑囚のうち,決して少なくない人たちは,
子どものころに虐待を受けていた。私たちの社会が救えなかった子どもたちのその後の姿だ。
そうして負の荷を背負わされた子どもたちが大きくなって起こした事件を,
加害者と被害者の個人の問題にし,加害者に全責任を負わせることが正しいのだろうか。

適正な処罰は必要だ。
でも,その最高刑を,死刑以外のものにできないのか,考えてみるべきではないだろうか。
(この問題も,少なくとも,被害者支援が必要なのと同じくらいの説明が必要だ。いつかあらためて書きたいと思う。)

 

だから,私は,死刑を廃止すべきだと思っているが,
それとは別に,犯罪被害者支援を充実させなければならないと思っている。

-刑事事件, 犯罪被害者支援

Copyright© 弁護士・臨床心理士安西敦 , 2018 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.